38豊橋交通時代の豊川営業所恋路ヶ浜を走る伊良湖定期観光バス増車に対する効率化定期観光バス・特急バスの運行期車両充実のため、バスの新車10台を導入している。これにより期末の車両総数は、バス112台となった。その後も車両を増備することとなり、昭和32年1月25日に新株式発行計画を実行して発行済株式総数は267万株、資本金は1億3,350万円となった。この増資金を活用してさらに増車し、機動力を高めるとともに、バス路線の拡張に努めた。車両数は昭和34年下期で144台、昭和38年下期には205台に達した。バスの増車と大型化によって、既存の車庫は次第に手狭となってきた。車両の効率運用のため、昭和39年1月17日、豊川市市田町諏訪新畑に新しく豊川営業所を建設し、翌月7日に中央通の旧豊川営業所から移転した。これにより、豊川線-大崎・日紡線、国府線-二川線の直通系統を新設するなど、長距離路線だけでなく豊橋駅前を起点とする路線も、当営業所を中心とする運用に再編成した。また車両の増加によって、集中整備力の増強が必要となったため、昭和31年には、豊橋市草間町に新たに自動車修理工場を開設するとともに、東田・福江両工場を廃止した。この草間工場は昭和33年3月に運輸大臣から優良自動車整備事業者として2級重整備工場に認定され、さらに昭和41年2月には1級に格上げ認定された。昭和32年後半からは「ナベ底不況」が始まった。昭和33年上期、当社は不況に対処するための乗客誘致施策として、観光シーズン中に渥美半島や茶臼山への定期観光バスを増強した。また、3月中旬からは三河湾周遊観光バスを、昭和35年には浜名湖周遊観光バスを運行するな
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